点と点
布を織る手が、最初のプログラムを書いた
ジャカード織機からパンチカードへ——模様と計算をつなぐ細い糸

機織りは、手仕事の代名詞のように語られる。けれど、その手の動きのなかに、計算機の原型が隠れていた。
機織りは、手仕事の代名詞のように語られる。土と糸と、人の勘。けれど、その手の動きのなかに、いまのコンピュータの原型が隠れていた——と言ったら、飛躍が過ぎるだろうか。実のところ、この二つは遠い親戚どころか、一本の糸でつながっている。
一八〇四年、フランスのジョゼフ・マリー・ジャカールが実用化した織機は、穴の空いた板——パンチカード——で模様を指定した。カードの穴の並びが、どの糸を持ち上げるかを決める。それまで職人の勘と記憶のなかにしかなかった模様が、初めて「外に書き出せる情報」になった瞬間だった。人がいなくても、カードさえあれば同じ模様が織れる。
この仕組みに目を留めた人がいる。十九世紀の数学者チャールズ・バベッジと、その協働者エイダ・ラヴレス。ラヴレスは解析機関について、ジャカール織機が花や葉を織るように代数的な模様を織るのだ、という趣旨を書き残したと伝えられている。織物の比喩は、飾りではなかった。彼女は、模様と計算が同じ構造をしていることを見抜いていた。
パンチカードはその後、統計処理の機械を経て、二十世紀のコンピュータへ受け継がれていく。もっとも、織機がコンピュータを生んだ、と単純化するのは正確ではない。計算機の誕生には無数の系譜が絡んでいて、どれか一つを起点と決めることはできない。それでも、糸を上げるか下げるかという二択の連なりが、模様にも計算にもなるという発見は、確かにここにあった。
面白いのは、言葉のほうにも同じ影が落ちていることだ。テキスト(text)とテキスタイル(textile)は、どちらもラテン語のtexere——「織る」——に遡るとされる。文章を書くことを、私たちはずっと昔から織ると呼んでいた。点と点は、思っているより近い場所で、とっくに結ばれていたのかもしれない。
ABC編集部
編集部




