点と点
金継ぎという言葉が、経営書に現れる理由
欠けを直す技術と、心の回復という比喩のあいだ

割れた器を金で継ぐ日本の技法が、いま欧米のビジネス書やウェルネス業界で盛んに引用されている。修理と回復、経済と心理学。遠く見えるふたつの関心が、なぜ同じ言葉に吸い寄せられるのかを考える。
金継ぎという言葉を、ここ数年、思いがけない場所で見かけるようになった。経営書のレジリエンス論、心理療法士のエッセイ、サステナビリティ経済のカンファレンス資料。割れた茶碗を漆と金粉で継ぐ、日本の古い修復技法が、なぜか「失敗からの回復」を語るときの共通言語になっている。
金継ぎそのものは、うるしの接着力を使って器の欠片をつなぎ、継ぎ目を金で装飾する技術である。起源については諸説あり、室町時代の茶の湯文化との関わりが語られることが多いが、特定の人物や逸話に基づく起源説の多くは、史料的な裏付けが確認されているわけではない。確かなのは、割れを隠すのではなく、あえて見えるようにするという発想が、茶の湯の美意識——完全ではないものへの眼差し——と響き合ってきたということだ。
この技法が海外で注目されるようになった背景には、心理学のある概念がある。ポストトラウマティック・グロース、日本語では心的外傷後成長と訳される考え方で、心理学者のリチャード・テデスキとローレンス・カルフーンが1990年代半ばに提唱した。困難や喪失を経験した人が、そこから以前とは異なる強さや視点を得ることがある、という研究領域である。金継ぎの「傷を隠さず、価値に変える」という構造は、この理論を説明する比喩として、驚くほど相性がよかった。
同じ時期、経済の側でも似た関心が育っていた。修理する権利、いわゆるライト・トゥ・リペアの運動である。壊れたら買い替えるのではなく直して使う、という発想は、大量生産・大量廃棄への反省から生まれた。金継ぎは、この文脈でも都合よく引用される。壊れたものに新しい価値を与える東洋の知恵、というわけだ。
ここで立ち止まっておきたい。金継ぎ、心的外傷後成長、修理する権利は、それぞれ別の時代、別の必要から生まれた、独立した営みである。ひとつの美しい比喩でつなげてしまうと、個々の重みが薄まる危うさもある。心の傷は器の割れとは違い、継いだ跡が誰の目にも金色に輝くわけではない。理論を安易に一般化することへの懸念は、心理学の研究者自身からも指摘されてきた。
それでも、この符合には考える価値がある。修復の跡を恥じず、むしろそこに手間と時間の証を見るという態度は、器にも、心にも、経済にも、同じように必要とされているのかもしれない。効率よく新品に置き換えることが正解とは限らない、という静かな反論として、金継ぎという古い技術が、まったく違う分野の言葉の中で生き続けている。
壊れたものをどう扱うか。それは技術の問題であると同時に、ものの見方の問題でもある。金継ぎが教えてくれるのは、直し方そのものより、欠けを恥じないという態度なのだと思う。
よくある質問
- 金継ぎの起源はいつ、誰が始めたのですか。
- 室町時代の茶の湯文化と関連づけて語られることが多いですが、特定の人物や逸話に基づく起源説の多くは史料的に確証されていません。
- ポストトラウマティック・グロースとは何ですか。
- 困難や喪失の経験を経て、以前とは異なる強さや視点を得ることがあるとする心理学の概念で、1990年代半ばにテデスキとカルフーンが提唱しました。
ABC編集部
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