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架け橋

見えない橋、掘り起こす仕事

カンボジアの大地と、カナダの条約と、日本の手仕事

ABC編集部2026.07.09 5分
見えない橋、掘り起こす仕事

橋というと、川や海の上に架かるものを思い浮かべる。けれど、地面の下に隠れた危険を取り除くことも、静かな架け橋になり得る。カンボジアの地雷原をめぐる、三つの国の地道な関わりについて。

架け橋、と聞くと、私たちはつい目に見えるものを想像する。川に渡した石橋、海を越える航路、異なる言語をつなぐ通訳者。けれど、もっと地味で、もっと時間のかかる橋もある。たとえば、地面の下に埋まった危険を、一つひとつ取り除いていく仕事のような。

カンボジアには、内戦とクメール・ルージュ政権の時代に埋設された地雷が、今もなお残る。正確な残存数を示すことは難しい。除去は今日も続いており、状況は年々変わっているからだ。ただ、農地や通学路の下に危険が眠っているという事実は、長くこの国の暮らしに影を落としてきた。子どもが遊ぶ野原、牛を放つ畑。目に見えないものが、人々の足を止め続けてきた。

この問題に、遠く離れたカナダが関わっている。1997年、対人地雷の使用や生産を禁じる条約が、カナダの首都オタワで採択された。いわゆるオタワ条約である。一国の外交努力だけで世界が動いたわけではない。多くの国、NGO、被害者自身の声が重なった結果だった。それでも、条約に「オタワ」の名が残っていることには意味がある。地味な交渉と根気強い対話の場に、この街が選ばれたという記録として。

条約という枠組みができても、地雷そのものが消えるわけではない。実際に土を掘り、探知機を当て、一つずつ確認していく人が要る。ここに、日本の存在がある。日本地雷処理を支援する会(JMAS)をはじめとする団体が、カンボジアの現場で技術支援や資金協力を続けてきた。派手な発表会見があるわけではない。ニュースになることも少ない。それでも、除去された土地には、また作物が植えられ、子どもたちが歩けるようになる。

条約を作った国、掘り起こす技術を届けた国、そして危険を抱えながら日常を営んできた国。三者の関わりは、劇的な物語ではない。むしろ地味で、忍耐を要する協力の積み重ねだ。けれど、架け橋とはそもそもそういうものかもしれない。誰かが渡ってくれるのを待つのではなく、渡れる場所を、時間をかけて作っていく行為。

今、世界の別の場所でも、地雷や不発弾の問題は続いている。ウクライナや他の紛争地でも、同様の作業が必要とされている。カンボジアで積み重ねられた技術と経験は、そうした場所にも受け継がれつつあるという。派手さのない仕事ほど、実は遠くまで届くのかもしれない。私たちの暮らしからは遠い話に見えて、実はこうした地道な協力の連なりの上に、今日という日の平穏がいくつも支えられている。

よくある質問

カンボジアの地雷はすべて除去されたのですか?
いいえ、除去作業は現在も続いており、完全な残存数を示すことは難しい状況です。
オタワ条約とは何ですか?
1997年にカナダのオタワで採択された、対人地雷の使用・生産・保有を禁じる国際条約です。
日本はカンボジアでどのような支援をしていますか?
日本地雷処理を支援する会(JMAS)などのNGOが、地雷除去の技術指導や資金協力を行ってきました。
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