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史上最も有名なバブルは、たぶん起きていない
チューリップ狂騒をめぐる、語り継がれすぎた物語

バブルの話をするとき、人はほぼ必ずチューリップから始める。けれど、その定番の物語には、出典がある。
バブルの話をするとき、人はほぼ必ずチューリップから始める。十七世紀のオランダ、球根一つが家一軒の値に達し、崩壊とともに破産者が続出し、国じゅうが傾いた。よくできた寓話だ。よくできすぎている、とも言える。
この物語の出典は、かなりはっきりしている。一八四一年、スコットランドの記者チャールズ・マッケイが書いた Extraordinary Popular Delusions and the Madness of Crowds(邦題は『狂気とバブル』などで知られる)だ。私たちが知る狂騒の劇的な細部は、事件から二百年後に書かれたこの一冊に、多くを負っている。
近年、歴史家アン・ゴルドガーがオランダの一次史料を調べ直した。そこから見えてきたのは、ずいぶん静かな像だった。取引に関わっていたのは主に裕福な商人層のごく一部で、参加者の数は限られていた。破産の連鎖も、身投げの記録も、経済が壊滅したという証拠も、見あたらない。多くの契約は、そもそも決済されないまま立ち消えになったという。
もちろん、値が異常に吊り上がり、そして落ちたこと自体は起きている。だから「何もなかった」と言いたいのではない。ただ、規模も被害も、語り継がれてきた寓話とはずいぶん違う。ついでに言えば、あの高値がついた縞模様のチューリップの美しさは、実はウイルスによる病だったとされる。人が最も欲しがったものは、花の病気だった。
気になるのは、なぜ私たちがこの話をこれほど繰り返し語りたがるのか、ということだ。バブルの寓話は、心地よい。愚かなのは過去の誰かで、その教訓を知っている自分は違う、と思わせてくれるから。けれど、事実よりも物語のほうを覚えてしまうこと自体が、たぶん、いちばん人間らしい熱狂の形なのだと思う。
免責:本記事は市場を歴史・文化・心理として考えるための読み物であり、特定の金融商品の売買や投資を勧めるものではありません。投資判断はご自身の責任で、必要に応じて専門家にご相談ください。
AABC編集部
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