アート
肖像画家たちの不安、ふたたび
写真が奪ったもの、AIが奪うもの、そして残るもの

1839年、写真の登場は肖像画家たちを震え上がらせた。それから約180年後のいま、AIによる画像生成が同じ問いを私たちに突きつけている。技術は人物表現から何を奪い、何を奪えなかったのか。
誰かの顔を写し取るという行為には、いつの時代も緊張が伴ってきた。1839年、フランスでダゲレオタイプが公表されたとき、肖像画を生業としていた画家たちの多くが仕事を失う不安を抱いたと伝えられている。「今日から絵画は死んだ」という言葉が画家ポール・ドラローシュの発言として広く語り継がれているが、実のところこの逸話の出典ははっきりしない。真偽はともかく、当時の空気を象徴する言葉として今も引用され続けていること自体が、興味深い事実ではある。
では実際に何が起きたか。肖像画という仕事は消えなかった。むしろ写真が「そっくりに写す」役割を引き受けたことで、絵画は別の自由を手に入れたと見る歴史家は多い。印象派の画家たちが光の移ろいや筆致そのものに関心を向けていった背景には、写真の存在も無関係ではなかったとされる。もっとも、これは単一の原因では説明できない複合的な変化であり、写真の登場だけが印象派を生んだと単純化するのは誤りだろう。技術が表現の役割分担を組み替えた、というのが穏当な見立てだ。
いま、似た緊張が別の形で戻ってきている。画像生成AIは、指示を与えるだけで人物の肖像を数秒で描き出す。イラストレーターや似顔絵師のなかには、仕事の性質が変わりつつあることを実感している人も少なくない。ここでも「絵は終わった」という声と、「新しい道具が増えただけだ」という声の両方が聞こえてくる。どちらか一方が正しいと決めつけるのは、まだ早い。180年前と同じように、答えは実践のなかでゆっくり形になっていくものだからだ。
ただ、写真の時代と今回とで、静かに違う点がある。写真はレンズの前に実在する人がいなければ像を結べなかった。AIが生成する肖像は、実在しない顔さえ作り出せてしまう。これは技術的な進歩というより、人物表現の前提そのものに触れる変化のように思える。誰かを描くという行為が、必ずしも「誰か」を必要としなくなったとき、私たちが肖像に求めていたものの輪郭が、かえってはっきり見えてくるのかもしれない。
写真が登場した後も、人は肖像画を注文し続けた。それは正確な記録のためではなく、誰かに描いてもらうという時間、視線を交わすという経験そのものに価値があったからだろう。AIが並外れた速さで顔を生成できる時代にあっても、この「描かれる時間」への欲求は、そう簡単には消えないのではないか。技術は道具を更新する。しかし人が人を見つめ、見つめられたいと願う気持ちまでは、更新できないのかもしれない。
肖像画家たちの不安は、今回が初めてではない。歴史はすでに一度、その答えの一部を示している。すべてが繰り返されるわけではないが、慌てず問い続ける姿勢だけは、当時から変わらず有効なのだろう。
よくある質問
- ポール・ドラローシュの『絵画は死んだ』は本当に彼の発言なのですか。
- 広く引用される逸話ですが、出典がはっきりせず、真偽については研究者の間でも議論があります。
- 写真の登場で肖像画家は本当に仕事を失ったのですか。
- 一部には影響がありましたが、肖像画という仕事自体は形を変えながら存続しました。単純な『終焉』ではありません。
- AIによる肖像生成と写真の登場は同じことの繰り返しなのでしょうか。
- 似た構造の不安はありますが、実在しない人物を描ける点など、写真にはなかった違いもあり、単純な反復とは言えません。
ABC編集部
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