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消えていく音のほうへ

坂本龍一が、晩年に耳を澄ませていたもの

ABC編集部2026.07.09 5分
消えていく音のほうへ

坂本龍一が最後の数年間に手がけた音楽は、鳴り響く音よりも、消えていく音に重心を置いていた。なぜ人は、終わっていく音に美しさを感じるのか。その問いから、彼の仕事を静かに振り返る。

ピアノの音は、鍵盤を叩いた瞬間がいちばん大きい。あとは減衰していくだけだ。ふつう、私たちはその「鳴った瞬間」に耳を傾ける。だが坂本龍一が晩年に向き合っていたのは、むしろその後だった。音が小さくなり、輪郭を失い、やがて聞こえなくなるまでの、長い過程のほうだ。

坂本龍一は、YMOのメンバーとして、また映画音楽の作曲家として、長く「教授」という愛称で親しまれた人だった。『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』の旋律は、いまも多くの人の記憶に残っている。しかし晩年の彼が向かった先は、そうした耳なじみのよい美しさとは、少し違う場所だった。

2017年のアルバム『async』では、雨音や誰かの足音、壊れた楽器の響きが、旋律と同じ重さで置かれていた。がんの治療を経てからの作品には、完成された音よりも、まだ形になる途中の、あるいは崩れていく途中の音が多く含まれている。2023年1月に発表された最後のアルバム『12』は、日付だけがタイトルとして付けられた、日々のピアノの記録だった。弾き直しも、迷いも、そのまま残されている。

なぜ、そうした未完成な音に心を動かされるのか。ひとつには、そこに「作られたもの」ではなく「起きていること」の気配があるからだと思う。整えられた音楽は、聴き手を安心させる。けれど、消えていく途中の音は、いま、この瞬間にしか存在しない。それは録音であっても、一回性を帯びている。

坂本龍一自身、闘病の中で「音を出せる時間は限られている」と語っていたことが伝えられている。だとすれば、彼が最後に選んだのは、音を大きく響かせることではなく、音がどう終わっていくかを、そのまま記録することだったのかもしれない。それは諦めというより、時間そのものへの関心のように見える。

私たちの日常も、実は同じ構造を持っている。始まりよりも、終わり方のほうが、その人らしさを語ることがある。会話の締めくくり方、仕事の切り上げ方、季節の移り変わり方。派手に鳴らすことより、静かに減衰していくことのほうに、人柄や時代の空気が滲み出ることは、案外多い。

坂本龍一の最後の音楽は、私たちに「もっと聴け」とは言わない。ただ、鳴っている音の、その先まで耳を澄ませてみることを、そっと促しているように思う。それは芸術の話であると同時に、限りある時間をどう過ごすかという、ごく個人的な問いでもある。

よくある質問

『async』と『12』はどう違うのですか。
『async』は環境音や非同期の音を組み合わせた作品、『12』は闘病中の日々のピアノ演奏をほぼ編集せずに収めた記録的な作品です。
坂本龍一はいつ亡くなったのですか。
2023年3月に亡くなったと報じられています。最後のアルバム『12』はその約2ヶ月前に発表されました。
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