地域
回線を自分たちで持つという選択
世界各地の地域運営ブロードバンド網から、インフラの自治を考える

光ファイバーの敷設を、行政でも大手通信会社でもなく、住民自身が担う。そんな動きが世界の周縁部で静かに広がっている。回線という目に見えないインフラを「持つ」とはどういうことか、佐原の足元から考えてみたい。
電気や水道と違って、通信回線は目に見えない。壁の中を、地下を、電柱の上を通っていく線のことを、私たちはふだん意識しない。けれどもその一本が届くかどうかで、暮らしの選択肢は大きく変わる。仕事のやり方も、子どもの学び方も、年老いた親を見守る手段も。
世界を見渡すと、この「見えないインフラ」を自分たちの手で敷こうとする動きが、人口の少ない地域を中心に広がっている。アメリカの農村部では、既存の通信会社が採算の合わない地域への投資を後回しにしてきた歴史があり、それに業を煮やした自治体や協同組合が、独自に光ファイバー網を整備する例が各地で報告されている。北欧や東欧の一部でも、住民出資による小規模なブロードバンド事業体が存在すると言われる。いずれも、規模としては大きくない。けれども、そこにある発想は共通している。「待っていても来ないなら、自分たちで持つ」という判断だ。
日本でも、ケーブルテレビの組合が地域の情報インフラを担ってきた歴史がある。もともとは山間部などで地上波が届きにくい地域が、共同でアンテナを立てたことに始まる仕組みだ。それがやがて通信回線としての役割も持つようになった例は少なくない。市場の論理だけでは行き渡らない場所に、住民同士の協力で線を通す。これは今に始まった発想ではなく、日本の地方が繰り返し選んできた道でもある。
佐原の町を歩くと、似た構造に出会う。小野川沿いの町並みは、行政の号令だけで守られてきたわけではない。商家の当主たちが自分たちの判断で建物を残し、修繕し、使い続けてきた歴史の積み重ねだ。佐原の大祭も同じだろう。山車も、囃子も、担ぎ手の技も、誰かに管理されているのではなく、町内ごとの人々が代々受け継ぎ、費用も労力も自分たちで出し合ってきた。これは「文化財」である前に、住民が持ち続けてきた共有財産という言い方の方が近いのかもしれない。
回線を自分たちで持つという選択も、根っこは同じ問いに触れている気がする。インフラとは誰のものか。効率だけで語れば、人口の少ない地域に線を引くのは割に合わない。けれども、そこに人が暮らし続けるためには、誰かがそのコストを引き受けなければならない。行政が担うのか、企業が担うのか、住民自身が担うのか。答えは一つではないし、地域の事情によっても変わってくる。
自治とは、何もかも自分たちだけでやることではないだろう。むしろ、外部に委ねる部分と、自分たちで持ち続ける部分を、地域自身が選び取れるかどうかという話だと思う。祭りの担い手を町内で決めるように、回線の担い手も選べる時代が来るのかもしれない。まだ答えの出ない問いだが、佐原の町家の修繕の歴史を眺めながら、そんなことを考えている。
よくある質問
- 地域運営ブロードバンドとは具体的にどんな仕組みですか
- 自治体や住民の協同組合が出資・運営主体となり、大手通信会社に代わって光ファイバー網などを整備・維持する仕組みです。地域や国によって形態は異なります。
- 日本にも同様の事例はありますか
- 山間部などで地上波受信のために作られたケーブルテレビ組合が、通信インフラも担うようになった例が各地にあります。
- 佐原とブロードバンド網にどんな関係がありますか
- 直接の関係はありませんが、住民が共有の財産を自ら維持してきたという発想において、町並み保存や祭りの運営と重なる部分があります。
ABC編集部
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